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★コミュニティエンパワーメント バックナンバー★
ECOMのニュースレターでほんまようこさんが連載されているコラム「コミュニティエンパワーメント」のバックナンバーが読めます。

ほんまようこ
ワークショップ工房「I's」主宰。「自立と共生のためのエンパワーメント」をコンセプトに、環境・女性・メディアリテラシー・アサーション・自分史・エンディング(葬送)などのワークショップやプロセスデザインの企画、ファシリテーションなど。自治体女性相談、キャンパスセクシュアルハラスメント相談カウンセラー。ECOM理事。
目次
           
その1 その2
その3 その4
その5 その6
その7(2004年1月号) その8(2004年3月号)
その9(2004年5月号) その10(2004年7月号)
その11 その12
その13(2005年1月号) その14(2005年3月号)
その15(2005年5月号) その16(2005年7月号)
その17(2006年1月号) その18(2006年4月号)
その19(2006年5月号) その20(2006年7月号)
その21(2006年9月号) その22(2007年1月号)
その23(2007年5月号) その24(2007年8月号)
その25(2007年10月号)
その7(2004年1月号) 誰かとワクワクしていますか?
 2004年が明けました。
 皆さんはどんな新年を迎えられたことでしょう。昨年3月に母を亡くした私の新年はいわゆる「喪中」でした。世間一般には11月くらいに「喪中はがき」で「今年は喪中なので年賀状を出しませんし、送ってもくださらないように」といったメッセージをお伝えするのですが、なんだかそれも淋しいので黙っていました。年が明け、例年通り年賀状をいただいた方には、そんな気持ちを伝える返事を出しました。メールアドレスを記載している方にはメールを送り、年賀状以上の交流を持つことができたのは嬉しいことでした。インターネットの普及とともに年賀状が減りつつあるのもわかります。
 「コミュニケーションの手段」については、便利さを享受しながらも、いつも意識して使い分けることを手放さずにいたいものです。決してエネルギー消費の問題ではなく<エコ・コミュニケーション>の基本は<生>の対話であると思います。直接人と人が向き合って、言葉だけでない、表情や声、全身からあふれる気配など「非言語」のメッセージを感じあいながらの対話をもっともっと大事にしてほしいです。
 かくいう私ですが、年明け以来連日膨大な量のメールにまみれた日々を過ごしています。
「多摩から世界へ! 世界から多摩へ! あなたも【地球一周】プロジェクトを応援してみませんか」を合い言葉に、旗揚げをした<Peace Project @ Tama>というグループに参加しています。みんな忙しい人たちばかりなので、基本的に話し合いはメーリングリストで。しかも、「走りながら考える」がモットーと憚らないアクティブ・柔軟な集団なので、多いときは1日に数十通のメールがなだれ込んできます。様々な意見や思いが飛び交いながらも、気持ちのいい積み上げができてゆきます。日頃、メールを過信しないようにと戒めている私もすっかりはまっています。
 お金がない、元気がない私たちの街を活性化するため、若者の代表1人を地球一周の旅に送り出すプロジェクトに取り組もう、という活動です。老若男女、「右から左」まで、実にさまざまな個人、グループ、企業が少しずつの賛同金を出し合い、代表となった若者を「ピースボート」の「地球一周」船旅に奨学生として派遣します。90日間、随時、船上からあるいは世界の各地からインターネットを通じ賛同者にレポートを送ってくることが任務のひとつです。
「代表を送り出しその後どんなフィードバックが期待できるか」は未知数です。「世界から多摩へ」持ち帰った何かが街を元気にするのではなく、「多摩から世界へ」送りだそう! と取り組みに関わること自体が、個人や組織を思いっきり元気にしているなあ、と実感します。
 実は私自身、ピースボートが立ち上がった頃、(多分妊娠出産に明け暮れていた頃だったと思います)「独り身だったら絶対行くのになあ」とポスターやチラシをながめていたものです。その後、子どもたちには「高校卒業後の進学のために学資保険を積み立てているけれど、受験に失敗したとか、進路をどうしていいかわからないというひとは、このお金でピースボートに乗るように」と言ってきたものです。自分ではなく、子どもたちをその対象に考えるようになっていました。
 今回、このプロジェクトにあっても「うちでも誰か応募してみればいいのになあ」と、当初は思っていたのです。でも、プロジェクトに関った直後に、「絶対いつか私が地球一周に行こう!」と決心を固めました。  (つづく)
新年早々、ワクワクの輪がどんどん広がり<コミュニティー・エンパワーメント>絶好調!

賛同者募集中!!
http://www.e-mb1.com/ppt/(注・2007年1月現在http://pptama.net/に移転しています)
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その8(2004年3月号) 続・誰かとワクワクしていますか?
 手前味噌ですが、前号でちょこっと紹介した<Peace Project @ Tama>について。
多摩の若者代表1人を地球一周の旅に送り出す活動を通して「コミュニティーづくり」をもくろんでいるプロジェクトです。現在およそ170人の老若男女、「右から左」まで、実にさまざまな個人、グループ、企業が少しずつの賛同金を出し合い、「ピースボート」の第45回クルーズ「地球一周の船旅」(4月4日出航)に奨学生を派遣します。
 「走りながら考える」をモットーとうそぶいてスタートしたプロジェクトですが、派遣代表者を決定し、シンポジウムを開催し、賛同の輪の広がりを実感すると共に日々めざましいバージョンアップを重ねつつ走り続けています。12名で共有しているスタッフメールはこの半年間で1700通を突破しました。そのなかで、このコーナーのためにスタッフのメッセージがほしいと呼びかけたところ、IT担当の八木祥之さんから以下のようなメッセージが届きました。

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PP@Tama(以下PPT)スタッフの八木です。
「PPTは走りながら考える」という方針は、かっこ良い言い方なのですが、本当は「細かいことが何も決まっていないので、気がついたらしょうがなく決めていくし、決めたことが失敗だったら、しょうがなく変えていく」というのが実情です。
とはいえ、賛同者が170名を超えたあたりから、コアスタッフには「やばい」という思いが見え隠れしてきました。
PPTはスタッフ内メーリングリスト(ML)での運営を主として、あまり顔をあわせられないなかで物事を決めていましたが、前述の通り、「決め方」自体も曖昧なままだったため、スタッフのうち数人が「OK」として決めたつもりが、別のスタッフから「待った!」がかかったり、メールはチャットのようにタイムリーに受信されないので、行き違いがあったりしたことで、今更ながら「決め方から決めよう」というミーティングを持ったりしています。
こんなPPTスタッフですが、派遣代表を無事に送り出せることができたのも、ひとえに170名を超える賛同者のおかげです。これからも「頑張らなければ」という思いでいっぱいです。

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 PPTのスタッフは20代から60代までの異年齢男女の集団です。この幅は自慢の一つです。八木さんを含め何人かは保育園のパパネットです。市民プロジェクト初体験という人も少なくありません。健全(?)な地域活動に関わったことで、飲み代が減ったとか増えたとか…。
特定の価値観によらないつながりが核になり得ているところがPPTのウリの一つです。平和、環境、福祉、子ども、教育…様ざまなテーマを内包しながらも、ジャンルを超えてつながれるプロジェクトに寄せられる期待が大きいことがじわじわと伝わってきます。
 発足以来まだ半年、選考会、シンポジウム、賛同金調達と、ここまでは目の前のハードルを越えることで精いっぱいだったPPTです。
4月4日、代表者を送り出し、いよいよこれからが正念場となってきます。
 ワクワク、ドキドキ、そしてハラハラに魅せられて突っ走ってきたスタッフと、小さなワクワクから壮大なワクワクまでを期待して集まった賛同者がつくる「多摩はいいなあ物語」は、今始まったばかりです。   〜 随時 賛同者募集中!! 〜

もっと知りたい人は
http://www.e-mb1.com/ppt/(注・2007年1月現在http://pptama.net/に移転しています)
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その9(2004年5月号) がんばろうね、NPO!
 まったく、連日テレビの前で憤っています。
イラク人質事件、年金法案、年金未納、と続いて怒り心頭だったのだけれど、さらに、仕事をしながら聞くともなく耳に入ってきた「アメリカ兵によるイラク人虐待が発覚しました」ではじまったキャスターのコメントを聞いていたる内に 大きな<?>が浮かんでしまいました。
戦闘やテロで、たくさんの子どもを含む市民や兵士の命が奪われたことよりも<虐待>のほうが重いかのように聞こえてしまったのです。「魂の殺人」と言うように、私自身は、虐待は殺人より罪深いと感じることもしばしばですが、おもいっきり神妙に「深く謝罪します」と世界に語った彼らの「正義」に、正体みたり!です。ちょうど同時期、教育テレビ「10代しゃべり場」でのこと。「命」について語り合っていた18歳の青年が、様々な議論の末に言った言葉「人と繋がれば繋がるほど命って重くなるんだと思う」を聞いたときには涙が出そうでした。
 話は変わって、「年金制度」。2年以上前の分は納められないのに「未納」って、どうよっ?!
「未だ払ってない」んじゃなくて「もう納められない」のにね。この仕組み、2年間払えなかった人(未納議員は別として)に対する「罰」ですか? 25年に満たなければ1円も受け取れないとか、学生ならお金持ちでも免除が認められる一方、どんなに自身の収入が少なくても免除にはならない自営業者の妻。サラリーマンの妻はハナっから払わなくてよくて、しかも多くの人が「夫が自分の分も払っている!」と思ってしまう、とかね。いやはやおかしなとこだらけの年金制度、値上げの前に考えることが山積みでしょうが! 未納兄弟達は<鬼やめ>で責任とろうなんてとんでもない。超党派の未納議員連で真っ当なプランを考えたらどうよっ!
 そんなこんなで世界や国のトップの思考は、私たちの日々の暮らしにほとんどそぐわない。これはなんとしても改善していかなければいけないけれど、一方で「自分たちの地域のことは自分たちで」の「市民力」や「自治力」を発揮していくことの方が、近道でもあり楽しくもある、そんな思いを日々深めている私です。そのあたりは、また次回。
総会シーズンのこの時期、数字はきびしくても、プロセスデザインの再確認をしたら
         自信をもって がんばろうね、NPO!          (04.5.10)
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その10(2004年7月号)
 前回このコーナーでこんなことを書きました。『…世界や国のトップの思考は、私たちの日々の暮らしにほとんどそぐわない。これはなんとしても改善していかなければいけないけれど、一方で「自分たちの地域のことは自分たちで」の「市民力」や「自治力」を発揮していくことの方が、近道でもあり楽しくもある…』と。
 で、その続き。だからこそNPOの出番なのですよね。5年前にNPO法(特定非営利活動促進法)が施行され、現在では17000を超える団体がNPO法人として登録され、毎月数百の単位で増え続けています。<専門性>と<コーディネート力>を持ったNPO法人が、<利益追求>を目的とする従来の企業法人と肩を並べて、これからの「少子・高齢・高環境負荷社会」の担い手となれるのなら、未来は明るい、と思えそうじゃないですか!
 「不況」や「介護保険制度」が追い風となった側面もあり、行政、企業、NPOはそれぞれがパートナーを求めてのいわば<合コン状態>。さらに「指定管理者制度」の導入によって今後もどんどんヒートアップしていくことでしょう。図書館をはじめ、公民館、児童館などの運営の民間委託が広まっていくことは確実です。ところが、残念なことに、どうも行政にとって「体のいい」あるいは「心得違い」の「協働」が多い、という状況があります。「協働」とはほど遠い「ボランティアとしてのNPO活用」だったりしているのです。
 この<罠>をNPOの側から見てみると「信念を持って社会に有用な活動をしている」という自負、あるいは「元々ボランティアでやってきた」という成り立ちから、「正当な評価」が据えられない、といった要因があるように感じます。実績に基づいた自信を持って「正当な評価」を提示できるNPOは、まだまだ少数だと実感します。
 社会も私たち一人ひとりも「営利と非営利」「正当な報酬」をきちんと定義した上で、新しい公共のためのワークシェアリングを進めていきたいですよね。

超猛暑だけど、パワーアップして がんばろうね、NPO!     (04.7.22)
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その13(2005年1月号)
年々「あっという間の一年だった」というときの「あっという間」が加速度を増しています。

みなさんの2004年はどんな年でしたか?
どんな人や、どんな出来事と出会ったでしょうか?

 50歳を過ぎてつくづく思うのは、「人生に無駄なことなんてほんとに一つもない」ということです。生き続けている限り、例えうまくいかなかったことや、あるいは期待と違うことがあったりしても、それはまだまだ「結果」ではない、との思いにも力がこもるようになりました。
 相談という仕事の現場では、多くに人のピンチにおつきあいするのですが、その際の合い言葉は「他人と過去は変えられない」です。「他人」の方はさておき「過去」については、過去の事実を変えることができないのはあたり前なのですが、自分自身がこれからをどう生きるかによって「過去のある出来事」はどのようにも意味が違ってくることがあり得るのです。

今までにどんな人と出会ってどんなことをしてきたのか、
そして、新しい2005年にどんな人と出会ってどんなふうに過ごしていくのか、一年のはじめは未知数でいっぱいです。それぞれの物語にまた新しい一ページが綴られていきます。

 ワークショップの現場は、可能性がいっぱい詰まった出会いに満ちています。
今年もまた、環境、NPO、まちづくり、女性、次世代、などなど様々な切り口から「自立と共生のあるそれぞれの物語」を応援するワークショップを重ねていこうと思っています。どこかでお目にかかれることを楽しみにしています。

この新しい一年が地球上のみんなにとって健やかな日々になりますように。
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その14(2005年3月号) ちゃんと聞いていますか?
 「コミュニケーション力」が落ちた、とよく言われます。
「コミュニケーション力」ってどんな力でしょう。近頃は子どもの数も少なくてきょうだいのいない子も多いし、(ちなみに今やきょうだい数の最大多数派は一人っ子だそうです)大人にしても住宅事情や生活パターンの変化に伴ってか、人と直接向き合っての会話の場面は少なくなっています。
 人と交流する機会が減ったことで衰えた力があるとしたら、それは「話す力」より「聞く力」の影響が大きいのではないでしょうか? 日常の関係性の中で、ちょっと苦手だったり、主張がかみ合わず後味の悪い会話になってしまいがちなことってありませんか? そんな場面を好転させようとすると、「上手に伝える」「うまくしゃべる」など「話す」ことを中心に考えがちなものです。
 「きく」にはたくさんの表記があります。一般的には「聞く」と表記します が、十四の心を持って耳を傾けるというように、心を込めて丁寧に聞くことを「聴く」と表記したりもします。心地よい言葉のキャッチボールが弾んでいる時、そこには必ず、いいバランスでの「訊く」が存在しているはずです。
 そう考えると「薬が効く」などいい効果を発揮することを表す「効く」や、「気が利く、機転が利く」の「利く」も同じ語源なのかな、とも思えてきます。 「きく」こと、を意識して気になる関係性をふり返ってみませんか?
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その15(2005年5月号) 続・ちゃんと聞いていますか?
年々「新緑」が大好きでたまらなくなっています。なんだか、全身で「新緑」を欲していて、「食欲」のような感じでがっついてしまいます。そんな新緑の季節は「セクハラ」研修におわれる日々です。
みなさんは「セクハラ」の定義を知っていますか? セクハラであるかないかを決めるのは、裁判所でもなければ警察でもない、厚生労働省でもないし教育委員会でもありません。「受け手」です。いくら「そんなつもりじゃなかった」としても、相手がその言動にたいして「(性的に)不快だ」と感じれば、それはセクシュアルハラスメントなのです。相手の立場や気持ちを尊重したり、感じ取ろうとしたりする気持ちが足りないと、セクハラトラブルが起こりやすいのです。お互いの関係性、場の空気、相手の言葉だけでない様々なメッセージ、それらを聴覚だけでなく,五感を働かせて感じ取ること。そして「そんなつもりじゃなかった」時にも、相手の指摘を受け取ること。
「ちゃんと聞く」ってそういうことです。(さらに、つづく)
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その16(2005年7月号) 続・ちゃんと聞いていますか?
 いよいよ夏本番。みなさんはどんな夏を過ごされているでしょうか?
 さて、またまた「ちゃんと聞く」についてです。
前々回このコーナーで、「薬が効く」などいい効果を発揮することを表す「効く」や、「気が利く、機転が利く」の「利く」も同じ語源なのか、と書きました。これは、「きくこと」について、しつこくしつこく思いを巡らせていったなかでの私自身の仮説でした。ところが、先日、ふと目にとまった「野口体操 からだに貞く(きく)」という本の中にこんな一節を見つけました。
「もともと、和語の『訊く、聞く,聴く、利く、効く…』は同源のコトバで、その原初の『きく』は『貞く』である」と。野口体操の実践者や野口三千三さんのファンの方ならとっくに知っていたことなのでしょうけれど、私としては、ちょっと得意な気分です。
<ワークショップ工房I・s>のコンセプトは「感じる、深める、言葉にする」です。日々の仕事の現場(ワークショップや相談事業)でたくさんの人とこのことを軸にしながら、それぞれのテーマに向き合っています。それは、取りも直さず「考える」という作業なのですが、大事なのは「感じる」ことが入り口であることです。そしてここでいう「感じる」とは、「からだ全体、あるいは五感を総動員して聞くこと」です。
「聞く,聴く、訊く」が「利く、効く」そして「貞く」に繋がってくるのだろうと確信しています。
 せっかくの夏休み、子どもたちは思いっきり遊んだり感じたりして、「ちゃんときくこと」の土台作りができるといいなあ。
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その17(2006年1月号)
 また、新しい年が明けました。
 みなさんはどんな想いを抱いて2006年のスタートラインに立っているでしょうか。
 1月に誕生日を迎える私は、「この一年」をどう過ごすかということは「○歳」をどう過ごすかと同義です。で、今年は52歳を生きることになります。 53歳で亡くなった父の年齢に手が届きそうで、ひそかに「父が逝った年齢を超えられるのだろうか」という漠然とした不安を抱いてもいる新年です。 一方で、今年はどんな出会いがあるのだろうとの期待もいっぱいです。 52年間生きて毎年着実に増えている財産は「人」です。 資産・預貯金にはあまり縁がないようですが、それに反比例するように「人」との出会いには恵まれていることを感じます。 これから先の一年間にどんな人と出会うのだろう。今年初めて出会う人ばかりでなく、すでに出会っている人の中にも、 何かのきっかけで今までとは違う関係性になる人だっているはずです。「知人」が「友人」に、「友人」が「親友」に、 「顔見知りの一人」が「かけがえのない仲間」に…。今まで歩んできた日々の積み重ねが、そのことを確信させてくれます。
 プライベートで、活動で、仕事で、みなさんの一年間には、どんな素敵な出会いが待っているのでしょう。 もしかしたら、新たな自分自身との出会いだってあるかもしれませんよ。
◆ ◆ ◆
 昨年の11月、こんなメッセージを残して大切な仲間が逝ってしまいました。
 その日が近づくなかで「今の自分にぴったりだね」と笑顔で話していたそうです。様々なネットワークを風のように軽やかにクルクルと駈けめぐり、55歳で彼女は千の風になりました。
〜 千の風になって 〜
※作者不詳・英文詩
わたしの墓の前で 泣かないでください
わたしはそこにはいません
眠ってなんかいません
わたしは千の風になって
あなたの回りを巡っています
あるときは…
…中略…
わたしは千の風になって
あなたの回りを吹きぬける
私はいま千の風
 この彼女からのメッセージを受け取って以来、私のコミュニティーの輪は、こっちの世界だけでなく、あっちの世界にまでも 無限に広がっているのだなあ、と感じられます。バーチャルなコミュニティーでなく、 生身の人と人が向き合うことを大事に考えてきたけれど、こんなふうに生のコミュニケーションを超えたつながりなら、 いつだって必要な時に必要な人をエンパワーメントしてくれるのだ、と実感しています。  今年も皆さんとそれぞれのコミュニティーにとって、健やかで豊かな一年となりますように。
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その18(2006年4月号) 話したいこと、誰かと話せていますか?
 木々の緑が、ほんとうに日に日に濃くなって朝に夕に見とれています。新緑の空気のなかで思いきり深呼吸してリフレッシュしましょうね。
 さて、このコーナーも連載18回目を数え4年目になります。この間、一貫してメッセージしてきたことは「自立と共生」の「エンパワーメント」です。一人ひとりの、あるいはそれぞれの<自立>があって始めて<共生>が可能になるのだということ。同時に、他者とのつながりの中で、気づいたり、引き出されたりしたその人本来の力によって自ら元気になっていくことが<エンパワーメント>だ、ということ。そして、そんな<一人ひとりの元気>が、地域や社会、そして地球の元気には不可欠だということ。そんなことを、私自身の仕事や活動や生活の場面をとおして、様々な切り口でお伝えしてきました。
 昨年から、地域のNPOと共に「中高生のしゃべり場」をやっています。毎回彼らが話したいことを中心に、時々は、私たち大人が彼らに話してほしいことをテーマにして、ワークショップ工房・I'sのコンセプトである「感じる・深める・言葉にする」を展開しています。彼らの感想によく出てくることの一つに「普段話したことがないテーマで新鮮だった」というのがあります。彼ら自身が「話したいこと」としてあげているのに、普段友だちとは「話したことがない」のです。このことは、大人のワークショップでも同じです。みんな「話したいこと」があるのに、誰かと話せないでいるのです。
あなたは、話したいこと、誰かと話せていますか? 今年度は、そんなあたりを「言葉」を切り口にしてメッセージしたいと思っています。よろしくね!
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その19(2006年5月号) 続・話したいこと、誰かと話せていますか?
 五月晴れの少ない五月でした。気候的には一番いい季節なのに、ちょっと損した気分ですね。
 みなさんは、ゴールデンウィークはどのように過ごされたでしょうか? 
新年度が始まって1ヶ月、大なり小なりの緊張を抱えてきた日々の中での小休止は、とてもいいタイミングです。ここで上手にリフレッシュできると5月以降がスムーズに進みますよね。
 ところが、この小休止がかえって息切れを自覚させて、すっかりエネルギーを失ってしまうこともあります。ひたすら頑張ってきたけれど、ふと立ち止まったら、今いる自分の場所が急に不安になったり、疑問を感じてしまったり…。かつて5月病と言えば、大学生特有のビョーキのように言われていましたが、近ごろは年代問わずに、立ち止まって悩んでいる人はじわじわと増殖しています。
 このような「具体的でない悩みや不安感」を抱えたときみなさんはどうしていますか?
様々なリフレッシュもいいですが、一番いいのは、「言語化」です。
 1.誰かに話す
 2.気持ちを文章に書く(日記、ブログ、ミクシィ)
どちらでもいいですが、できれば両方ともやってみるのが効果的。直接人と会うことからは、言葉以外のパワーを受け取れます。笑顔とか、ぬくもりとか。もちろん相手を選ぶことは重要です。場合によっては「負」のメッセージばかり向けられる可能性だってありますから。
 そして、書くことは、自分自身との対話です。じっくりと自分自身に向き合う一人の時間をうんと大切にしてみてください。信頼できる自分との出会いがきっとあるはずです。

誰かに話す、あなたは誰の顔が浮かびましたか? 
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その20(2006年7月号) たかが言葉されど言葉
 もたついた夏の訪れでしたが、8月に入り夏真っ盛り。
 こんな暑さのなかで、61年前のその時、そしてそれからずっと続いている、広島や長崎の人々の苦しさは、どんな言葉でも表現しきれるものではありません。あらゆる想像力を総動員して、被爆された方々の<痛み>に思いを馳せ、テレビの前で一分間の黙祷をしました。8月6日、9日、15日、多少なりとも平和への思いを再確認し合いながら、日本の夏は終わりはじめます。皆さんはどんな夏休みをお過ごしでしょう?
 戦争の悲惨さなどを伝えるとき、映像が持つ表現力、伝達力の前では言葉はとても無力と感じます。しかし、コミュニケーションの場面では、言葉は大きな力を持っていると捉えている人が多いと思います。交わし合った言葉こそが重要と思うことでしょう。ところが、アメリカの心理学者の研究では、他者から受け取る情報としては、言葉:7%、声:38%、表情:55%、という結果があります。「ありがとう」や「ごめんなさい」の場面で考えてみましょう。心がこもっていないと、表情や声に現れてしまうので、いくら言葉だけ並べても、気持ちが伝わらないのです。憮然としながらそっぽを向いて「ごめんなさい」なんて言われても、場合によってはかえって相手を怒らせてしまうことにもなりかねませんよね。かといって、本当にすまなさそうな表情と声であれこれご託を並べても、「ごめんなさい」をきちんと言葉にして表さなければ、誠意ある謝辞としては受け取ってもらえないでしょう。侮るなかれ「7%の力」です。
 そんな言葉の持っている力について、何回かに分けて考えてみたいと思います。続きは秋に。
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その21(2006年9月号) 続・たかが言葉されど言葉
「暑さ寒さも彼岸まで」とは、本当によく言ったものです。
その次にくる「涼しい」と「暖かい」は、いつもあっという間に終わってしまうのが残念ですが。みなさん、どんな秋を迎えていらっしゃいますか?
 さて、前回に続いて言葉の話です。前回は、言葉=<言語>が持っている表現力や伝達力は、表情や声など<非言語>に比べるととても小さい、ということをお伝えしました。このことは、特にコミュニケーションの場において顕著であるということも。そして、表現力は小さくても、言葉の存在はとても大きいことから、たかが、であり、されど、なのでした。
 で、今回は自分自身との対話における言葉について。客観的な自己理解、冷静な自己把握にも言葉は重要な役割を担っています。
「一番好きな季節は?」と聞かれたら、私は「秋」です。嫌いなのは「夏」です。夏が嫌いなのは「暑いから」。でも、もっとよく考えてみると、嫌いなのは「不快だから」であり、不快の要素は「湿度」なのだということがわかってきます。自分は?だから○○が嫌い(好き)、ということを、正確に深めて言葉にせず大雑把な感覚だけで把握をしてしまうと、先入観や、偏見などを生み、結果的に自分自身の世界を狭め、貧しい関係性の中にとどまってしまいます。苦手だなと感じる相手、腹が立つ相手などを思い浮かべて当てはめてみてください。相手自身の要素が原因なのか、あるいは自分に向けられる要素が原因なのか。「嫌い」だったり「苦手」と感じる元を、乱暴に「人格」と捉えて終わりにせず、どんな「要素」なのかを知って正しくネーミング(言語化)することで、対処法や解決策が見えてくるはずです。それは自分自身を知ることに繋がっています。試してみてね。つづく。
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その22(2007年1月号) A HAPPY NEW YEAR!
2007年のスタートです。
 たった一晩明けるだけなのに、この一晩のカウントダウンに向けて多くの大人たちは気ぜわしい日々を過ごします。それでも昔に比べれば、コンビニはあるし、お節もあまり作らなくなっているだろうし、ATMだって三が日も稼働しているし、障子の張り替えも畳の表替えもすっかり減ったしで、年末の仕事はずいぶん楽になっているはずなのに、なんだか忙しい。だからこそ「あけましておめでとう」なんですね。昨年も、ほとんどいいニュースがないままに過ぎました。見出しだけで言うと「景気回復」というのもあるにはありましたが、私のまわりでは誰も恩恵を受けている人はいなかったな。「金利上昇」が意味するのは「住宅ローンの負担増」でしかないし。「交通事故死」は飲酒運転の取り締まり強化の影響か久々に減少というけれども、鉄道の「人身事故」はちっとも減らないです。
 そんなこんなで、それでも年が明けたことをおめでたがるよりは、なんとかHAPPYなNEW YEARを目指しましょう!
◆ ◆ ◆
 「自立と共生のコミュニティー・エンパワーメント」をテーマに、このコーナーもいつのまにか22回目になりました。この度、ECOMのホームページにバックナンバーがアップされました!
 年の初めにあたり、あらためてふり返ってみたところ「共生」や「コミュニケーション」などに比べ、「自立」を切り口にしたメッセージが少ないように感じました。
 「自立度」の高い人ほど、たくさんのつながりを持てるといいます。今年はこのあたりも意識してメッセージしたいと考えています。どうぞよろしく!
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その23(2007年5月号) 卒業と自立
卒業シーズン真っ盛り。  3月は様々な別れや巣立ちに満ちている季節ですね。 子どもたちだけでなく、私たち大人だって様々な「卒業」を重ねています。 この春は、「仕事」を卒業する方たちも大勢いるでしょうし、年金分割制度のスタートと共に「夫婦」を卒業しようと目論んでいる人もいそうだし…。「子育て」だって卒業するものとして据えておかなくてはいけないし、「悪い癖」なんかも卒業したいものです。
さて、皆さんはこの春、何か卒業するものがありますか?
「卒業」は、そこで学ぶべき課題をクリアしたということです。すると、次のステージが待っていて、さらに人々はヴァージョンアップしていきます。子どもたちの目指すところは「自立」です。 「自立」ってどんなことなのでしょうか?
働いて収入を得ること、料理が出来ること、一人でも暮らせること、「お金」「時間」「健康」の管理が出来ること、誰かを守れること、ひとと助け合えること、自分で考えそれを表現できること、感情のコントロールが出来ること、自分で自分を幸せに出来ること…etc.。
本来その力があるのに、誰かに依存したり、もたれかかったりしてしまうと、対等でない関係に陥ってしまいます。「自立」って、「一人で完結すること」ではないし、「ひとの力を借りないこと」でもないはずです。ほんとうに助けてほしいときに、「助けて」と言えることも「自立」の要素の一つではないでしょうか。それは、自分自身を客観的に捉えることが出来ているか、でもあるのだと思います。

春だから、それぞれの自立への課題を意識して、もっともっとたくさんの人とつながっていけるといいですね。
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その24(2007年8月号) 続・自立について
 猛暑お見舞い申し上げます
 温暖化の問題の深刻さももちろんだけれど、都会で生活をしていてつくづく感じるのは、コンクリートとアスファルトが放つ熱の不快さ。素材の開発とシステムの構築で都会の気温と不快指数を下げることは簡単に出来そうなのにね。行政も企業も早く着手してくれ〜。
 さて、本題。前回から引き続き「自立」について。
 前回、人が自立して生きるためには色々な要素が必要だと書きましたが、今回は中でも絶対はずせない「お金」についてちょっとふれたいと思います。
 <格差>が取りざたされる昨今、一日8時間の労働で食べていける人は、今や、<特権階級>だ、とまでささやかれる社会です。最近頻繁に出回るようになってきた<ワークシェアリング>や<ワークライフバランス>というキーワード、どちらも基本的には「仕事も時間も分かち合い、それぞれがその力を発揮し合い活かし合い、誰もがいきいきと暮らせる家庭・地域・社会をつろう」ということだと思います。国民総生産は世界のトップクラスの日本なのですから、再構築、再分配さえできれば、かなりの問題は解決し、多くの人がいきいきと暮らせることは間違いありません。
 最低賃金はいくらにすべきなのかは「時給」というマスで語られます。雇用機会均等法からおよそ20年、女性の平均年収は男性の約半分。年収による若者の結婚率に大きな相関性…。
 そこで質問です。
 Q.それぞれが自立と共生をベースにいきいき暮らすために必要と思う年収はいくらですか?
 ぜひみなさんの回答をお寄せください。
↑このページのトップへ
その25(2007年10月号) 続々・自立について
 金木犀の香りがいっぱいです。日本の秋は落ち着いて物事を深められる季節ですね。
そこで、今回も「自立」を深めたいと思います。
「自立」を支える大事な要素のひとつが「経済力」(保護費や各種年金も含む)。
様々な自己決定の場面において<自分のお金>があるかないかでは大違いですよね。
収入が少なければ少ないほど<自己決定の選択肢>の幅が狭くなります。食べるだけで精一杯、ということですから。
OECD(経済協力開発機構)の「相対的貧困率」調査によると、日本は先進17カ国の内16位です。ワースト2です。全国民の年収中央値の半分(日本は238万円)以下の国民の割合が13.5%だそうです。国民総生産はトップクラスなのに、です。日本の格差問題は世界に認知されたのですね。

前回、以下の問いを投げかけました。
Q.それぞれが自立と共生をベースにいきいき暮らすために必要と思う年収はいくらですか?
 頂いた回答は、「500万円程度」と考える人が多かったです。もちろん、現在の年収が500万を大きく上回っている人たちの回答は、「6?700万位」とやや高い傾向にはありましたが。この数字は、概ね日本の<平均給与>です。だったらそんなに難しい話ではありませんね。つまり<再分配>さえ出来れば、みんながいきいきと暮らせるというわけです。「新たな財源の確保」なんて小難しく考えることはないはず、なのにね。
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